「感情に流されて、法をねじ曲げるな」的主張に対して

 カルデロン一家の話を追いかけているときに、やたら出てきたのが「感情に流されるな、日本は法治国家だ」みたいな、感情:法の対立項で話す論じ方だった。その人たちの法解釈があっているかどうかは置いておいて、かなり俺とは法律の存在意義が違うんだなあと感じた。以下は法律の知識がない人間がつらつら考えたことである。

 なぜ法律を守らなければならないのかと言うと、「秩序を保つため」という答えが返ってくる。それは俺の頭でも理解できる。たぶん「感情に流されるな」という言葉をこのケースで使える人と、俺とはその次の問に対する答えが違うんだと思われる。次の問はこうなる。

「なぜ秩序が保たれなくてはならないのか」

 上記で見た人たちの回答はこんな感じだった。「国家が成り立たなくなるから」。
 俺の答えは「弱い人が泣かされるから」だ。

 法律というルールがなければ、力のある人間が力のない人間を泣かすのを防げない。泣かすどころか殺すのも防げない。労働基準法とか男女雇用機会均等法とか刑法とか民法とかの根底には、泣かされる奴が可愛そうって発想があるんじゃないかと思う。

「感情に流されるな、日本は法治国家だ」という言葉を聞くときに感じる釈然としない気分(もっと端的に言えばむかつき)はそこんとこにある*1

「可愛そうだが法律は法律だ」的コメントを書いた人が、本当に感情を押し殺してルールに軍配を上げるんだとして、しかもその感情が怒りではなく、同情なのだとしたら、我々が「何もできないけど可哀想だとは思う」と言おうとするときに、「可哀想だが法律は法律だ」と言わなくちゃいけないとしたら、そしてそうするのが、「国」のためだとしたら、俺たちの精神はもうすでに奴隷なんじゃないか? 比喩ではなく。

 確かに法律は感情的に納得のいかない場面を作ることがある。そういう例が示すのは、その法律が制定されたときに想定されていた範囲と、現実の事例が合わなくなってきているということだ。結果、法律は改正される。なんでか? そうしないと、法律が想定する外側で泣く奴を助けられないからだ。

 削られた法律や増やされた法律を時間軸に沿ってチェックしていけば、その国で何が可哀想とされるかが見えてくる。俺のイメージする法律とはそういうものだ。もっとも「何が許されないことであるか」を見る人もいるだろうけど。カルデロン一家の件に関する反応の違いの裏には、こういう法律とは何かという問いが横たわっているんじゃなかろうか。

「何が許されないことであるか」が書いてあると思う人にとってルール違反=問答無用で許さないであり、「何が可哀想かが書いてある」と考える人間には、今回の件は「法律のカバーできていないところがあんじゃねーの?」と感じられる。
 俺は後者の意見を持っている。馬鹿だと言われようがなんと言われようが、法律やら国家の維持やらを人質に、可哀想の一言を言わせない、そんなルールは馬鹿げていると思えてならない。

追記:

 こんなことを考えながら、カルデロン一家関連記事のブコメを見ていたら素晴らしいコメントを発見した。

redfox2667 これはひどい, マスコミ不信, プロ基金 目の前の一人か二人を「救って」いい事をしたと思うならそんなもの数人の登場人物で世界が動いている映画の世界だ。そんなに救いたかったら全国の不法滞在者11万人全てに合法的滞在許可を与える運動でもやってみろ。 2009/03/11

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):「のりこ基金」設立…フィリピン人女子中学生の日本での就学費と生活費を援助

 id:redfox2667あんた頭良いわ。素晴らしい最終目標(11万って数字があってるかどうかは未確認だけど←「不法滞在者数11万3000人というのは法務省の公式発表」というコメントをブクマでいただいた。感謝。)。入管法変えるって政党が出てきたら*2是非そこに投票することにしようと思う。

 で、ちょっと思うんだけどさ、「目の前の一人か二人」を救おうと思うところから始まるんじゃないか、そういうのって? 俺がこのあいだ読んだパレスチナ問題の本はドレフュス事件ウィキペディア)から説き起こしてたよ。だとしたら、一人を救おうとすることや、一人を不当に罵り倒すことは無意味なことじゃない(というか意味をどうしても持ってしまう、良かれ悪しかれ)んじゃないかという気がするけどな(追記:そもそもドレヒュス事件を引き起こすことになったユダヤ人への偏見は、彼らがたったひとりの人間を十字架に送り込んだとされている*3のが遠因なわけで、目の前の一人か二人の扱いが決定的な影響を持ち得ないとは、やっぱり言えないと思う)。
 たぶん「そんなの自己満足に過ぎない」って考えなんだと思うんだけど、自己満足であっても動き出す人がいなければ何も始まらないし、それをいいことだと認める人がいないと始まったことは実を結ばないんじゃないかな。しかし、上で引用したコメントは、俺が見た中では一番スケールがでかかった。正直、感心した。いやマジで。

*1:そもそも法治国家ではないという意見もあるようだが、難しすぎて扱えないので、ここでは触れない

*2:まだ調べてないのでもうあるかもしれない。

*3:この辺も知識不足なので断言できないけど。