パーシヴァル・ワイルド 越前敏弥訳 検死審問

これより読者諸氏に披露いたすのは,尊敬すべき検死官リー・スローカム閣下による,はじめての検死審問の記録である。コネチカットの平和な小村トーントンにある,女流作家ミセス・ベネットの屋敷で起きた死亡事件の真相とは? 陪審員諸君と同じく,証人たちの語る一言一句に注意して,真実を見破られたい――達意の文章からにじむ上質のユーモアと,鮮やかな謎解きを同時に味わえる本書は,著名な劇作家のワイルドが,余技にものした長編ミステリである。江戸川乱歩が激賞し,探偵小説ぎらいだったチャンドラーをも魅了した幻の傑作,待望の新訳。

 これは面白かった。スローカム閣下のとぼけた台詞や証人たちの個性的な語り。おーおーと思える展開。トリックが何かだけにとどまらない魅力がたっぷりつまった作品だ。
 とくによかった一節を引用しておく。別段ネタバレにはならないはずのところ。

おれはよく、影の端っこまで芝を刈った。その先まで刈らないように気をつけながらな。そこからもどって、また端っこまで刈る。それを何度も繰り返した。言ってみりゃ、太陽と競争するようなもんだな。影が道路に達すると、刈る草がなくなって、仕事がすんだことがわかるんだ。六区画ある芝生を一日に一区画ずつ刈ると、一週間かかる。そうしたらまた、はじめの区画にもどるって寸法だ。

いやになったことは一度もない--五十三年続けたいまでもだ。

俺は生きてた。太陽も生きてた。影も生きてた。芝生も生きてた。もちろん芝刈り機だって“ブーン! ブーン!”って言いながら生きてたさ。

 出だしの方で証言したベン・ウィリットの言葉。すごくしみじみした気分になった。もっともこの作品が面白いだろうという感触を得たのは、それよりさらに前だったけれども。

 しかし中身がすばらしいこと以上にびっくりしたのは解説。俺は本を読むときにはあとがきとか解説とかが楽しみな人間なんであるが、これまで解説のタイプというのは、自分的分類だと「データとして有益な解説」「頭が良くなったような気がする解説」「解説の名に値しない解説」の三種類しかないのだと思っていた。ところが本作に附された杉江松恋氏の解説には自分的には初めての「全編頷きまくりの解説」という新たなタイプを新設するしかなかった。本編読了後にぜひとも味わっていただきたい。この解説は俺の乏しい読書経験でぶつかった解説中ベストに近いほど言っていることがいちいち腑に落ちるものだった。
 ということで、解説までひっくるめて傑作だと思った。素晴らしい本。
検死審問―インクエスト (創元推理文庫)
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追記7/16
 続編も読んだ。こっちもサクサク読めるし面白かった。
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