Jedediah Berry 『The Manual of Detection』

 今年のハメット賞受賞作。海外ミステリ通信紹介されていたあらすじが面白そうだったので読んだ。作者のファーストネームが、俺にはさっぱり読めなかったのだけど、同じスペルの人が「ジェデッドアイア」と表記されていたのを見つけたので、そう読むのが正解かもしれない。
 シティと呼ばれるいつも雨の降っている町にエージェンシーという名の探偵会社がある。これは四十数階建てのビルを持つような大組織。主人公のアンウィンはそこでクラークっていう報告書をまとめる仕事をずっとしている、雨の中、傘を差したまま自転車に乗る技術が卓越した男だ。彼が担当しているのはエージェンシーの花形探偵シヴァート。しかしそのシヴァートは先日来、失踪中。アンウィンはこの一週間くらい毎朝出勤前にセントラル・ステーションに寄り道をしている。ある女を見るためだ。彼女はいつも同じ時刻に駅までやってきて人待ち顔でそこに立っている。しかし待っている相手が現れたことはない。アンウィンは彼女の姿をただ眺めているだけだ。けれどその日、彼女はアンウィンの目の前で傘を落とす。アンウィンはそれを拾ってやろうとするがしくじる。そして後ろから別の人間に声をかけられる。その人物もエージェンシーの人間で、彼は突拍子もないことを言う。「君は探偵に昇進した。これを読んでおけ」手渡されたのが、探偵術マニュアル(Manual of Detection)。探偵に出世とかありえないしと思いつつアンウィンは出社すると、自分の席に別の人間が座っている。なんとそれは駅で見ていた女だ。わけがわからないまま上司に「僕の席が……」と言いに行くと「君はもうクラークじゃないんだよ」と言われる。社内メモに「アンウィンは探偵に昇進するからね」と書いてある。いや、ありえないし。ということで、アンウィンはメモに書いてあるフロアまで上がって、このミスを訂正してもらおうと思う。ところがところが、指示を出した男のオフィスまでいくと、なんとそいつが死体になっていた! いったいどうなってんの! 助けてシヴァート! そうだ! シヴァートを探して、この謎を解いてもらおう!
 ということで彼は、すぐに眠りこけてしまうのが玉に瑕の有能な助手エミリー・ドッペルとともに、シヴァート捜索に取り掛かる。ディテクティブ・アンウィンとして。

 前半はとにかく展開が突拍子もない。まるでヨーロッパの前衛映画かカフカの小説みたいだ。シヴァートの姿を捜索するアンウィンを追いながら、読者の頭に浮かぶ疑問は、この世界のルールはなんなのかということである。ミステリーの探偵はルールを読み解く存在だが、本作ではそれが消えた状態から始まっているので、世界に翻弄される主人公ともども読者も次に何が起きるのか、背景はどうなっているのかまるでわからないまま進んでいかなければならない。描き方によっては苦痛で仕方ない前半だが、本作品は出てくるキャラクターがどれも愉快な人たちなので、わからないことが先の見えないジェットコースターに乗っているようなスリルになっていて、どんどん前に進んでいける。著者のインタビュー記事を眺めてみたところ、影響を受けた作家にカルヴィーノを挙げていたので、それも関係しているのかもしれない(カルヴィーノちゃんと読んだことがないのでわからないけど)。そして中盤、夢遊病者たちが町を群れ歩く段になって、不条理世界の不安みたいなムードはいきなり極彩色のカーニヴァルへと変貌する。この場面とかたまらない。江戸川乱歩に訳してもらいたかった。たぶん乗り乗りの訳文になったはずだ。映像化するならティム・バートンとか良いんじゃないかなとは読んでいるあいだずっと思っていたことだ。
 本当に面白い場面がいくつもいくつもあって最後まで飽きない素晴らしいエンターテインメント作品だった。ラストも一般的なミステリとはちょっと違った工夫がされていて、俺としては嬉しい終わり方だった。
 それであんまり楽しかったから思わず著者ホームページに遊びに行ったら、ツイッターのアカウントを持ってるっていうんで、「読みました。すっごいわくわくしたし楽しい作品でした。次回作も楽しみにしています。日本のファンより」ってツイートを飛ばしてみたら、なんとお返事が返ってきて日本語版もそのうち出ることになっていると教えてもらった。なんつーか、ネットすげえよ。いや外国から反応あったら嬉しいかなと思って書いてみたんだけど、返事が戻ってくるなんてかけらも思ってなかったから感激しました。
 つーことで、バリバリのお勧め作品。邦訳出たらみんな読めばいいと思う。愉快愉快と読み進められるはずだ。ってか、俺も日本語でもっかい読みたい。それくらい面白かった。

The Manual of Detection
Jedediah Berry

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2013/08/29追記
 ずっとリンクを張り忘れていたんだけども、邦訳版はすでに出ている。ご興味ある方は是非。

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