辞書の仕事 (岩波新書)
増井 元 
岩波書店 2013-10-19
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新聞広告で書名見て買いに行った。著者は『広辞苑』と『岩波国語辞典』の編集に関わっていた人。短いエッセイ集みたいなものだけど、これがなかなか楽しく、永六輔が『広辞苑』抱えて旅行したというエピソードを読んだときには、本棚に寝ていた『広辞苑』（第四版）を引っ張り出してしまった。「たほいや（ウィキペディア）」って遊びも初めて知った。これ、大学時代にやってみたかったなあ。
ほかに驚いたことと言えば、ことばの意味を質問したり、あれはおかしいと言うために、わざわざ電話を編集部までかけてくる人が、たくさんいるらしいということ。「ＡとＢと正しいのはどっちですか」と言われ「どちらでもいいのです」などと答えようものなら、「それでもどちらが適当か」と食い下がってくるらしい。質問者にどんな切実な成り行きがあったのか気になる。
とはいえ、そういう反応から、辞書編集者の方が学ぶこともあるらしい。「不適切な用例」という箇所にこんなエピソードが書かれていた。
編集部に青森の中学教師から手紙が届いた。岩波国語辞典を愛用し生徒にも勧めていたのだが、
「偶然、｢くんだり｣という項目を見たとき、何とも名状しがたい思いにとらわれた」とおっしゃるのです。そこには「青森くんだりまで来た」という用例が掲げられてありました。
「当地はたしかに｢くんだり｣と付けて呼ばれるのにふさわしい土地であろうかと存じます。しかし、もし教室の生徒の誰かがこの記述を目にしたならば、その者はどんな思いをするだろうと想像すると、胸が痛むのです」とありました。編集部の皆が胸のふさがる思いにとらわれました。「こんな無神経な用例を掲げてけしからん。即刻訂正しろ」というお叱りでもないことが、いっそうこたえたのです。
すぐにどんな用例が適切だったのか議論が始まったが、具体的な地名である限り、不適切だということになり、適切な用例というのは見つからなかったそうだ。
ほかにも、ライトな辞書ユーザー的には以下のくだりに、「へえ」と思ったりした。
国語辞典はことばの意味を記述しますが、定義はしません。
（中略）
「定義」というのはある特定の世界の中での約束のことです。このことばはこういう時にこういう意味で使うことにしましょうという取り決めに他なりません。私たちは時としてその世界の中で会話することもありますが、いつもはもっと広いのびのびとしたところで、特別に約束をしたこともないことばを使って、感じたり考えたり表現したりしています。そのことばを、人工言語に対して自然言語と言うこともあります。一般の国語辞典はその自然言語の辞書なのです。
（中略）
日常普通に使っている日本語なのに、ふと自信が持てなくなって、辞書で意味を確かめるということはあります。それに答えるのが辞書の仕事です。しかし、そこで辞書の記述が不満だとして、とたんに「正確」で「厳密」な「定義」の方向に向かってしまう方がおられるのが残念でなりません。「厳密」が「正しい」とは限らないのです。
辞書を引くときって、大抵は厳密な定義かコロケーションを知りたいんだけども、求めるのはお門違いだったんだろうか。
とりあえず、辞書好きならけっこう楽しめる本じゃないかと思った。
2013/10/30追記：誤字訂正。引用部分で間違っちゃいけません。ご指摘感謝。
おまけ：本書のわりと最初のほうにこんなことが書いてある。
実はここで書きたいと思っていた話がもう一つあって、それは外国（多分、英国）のある辞典の編集・改訂にかかわることなのです。編者が辞典のなかのことばについて、適切な用例、信頼できる典拠を求めようと、広く世間の人たちに呼びかけたところ、実に有益な情報を教えてくれる手紙が、何年にもわたって届きます。ずいぶんレベルの高い、こんな本まで目を通しているのかといった文献での使用例です。その差出人を調べたところ、ある刑務所の囚人であった、というのですが、この話をどこで読んだのか、いま心当たりを捜しても見当たりません。
刑務所ってところが違うんだけど、おれにはこの話ってOEDに協力したジョージ・マイナーの話に見えるんだよな。それとも別にも似たようなエピソードがあったのかなあ。（参考：Simon Winchester The Meaning of Everything: The Story of the Oxford English Dictionary - Ｕ´Å｀Ｕ）
追記2017/12/08：キンドル版が出ていた。価格は820円。
辞書の仕事 (岩波新書)
増井 元 
岩波書店 2013-10-18
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