仁田 義雄 辞書には書かれていないことばの話 (もっと知りたい!日本語)

 「[辞書には書かれていないことば]の話」かと思ったら「[辞書には書かれていない]ことばの話」だった。単語が取れる文型を銘記しろとか、そういう提言。
 最初に「取り返す」と「取り戻す」という単語を例にして現行辞書の欠点を指摘する。
 「T出版の国語辞書」「S堂の国語辞書」のふたつをとりあげ、それらがこのふたつの動詞の差異が分からないと言う風に。
 野暮を承知で言うなら、是非とも広辞苑を取りあげて欲しかった。やはり版元の出版物の悪口は言えないのだろうか。ちなみにケチをつけられた「S堂の国語辞典」の一種である新明解の第6版では「取り戻す」と「取り返す」の定義はループしていなかった。
 で、「取り返す」と「取り戻す」であるけれど、取れる目的語が違うのだそうだ。「取り返す」は自分の手元に置こうとする主体から離れても、その存在を主張できるものばかり*1なのに対して、「取り戻す」はそれを持つ主体の存在を前提にしなくては存在できないもの*2が目的語になるらしい。これはへえと思った。
 しかし奪うと盗むにも同じ使い分けがあるというところには、ちょっと疑問が残る。

これも、対象が所有している主体から分離可能か否かの違いである。「お金」「重要書類」は、主体から分離可能なものである。それに対して、「人の命」「活動の自由」は、主体から切り離されては存在しない。つまり、「奪う」は、対象として、主体から分離可能なものを表すだけでなく、主体から分離不可能なものを表す名詞をも取りうる。それに対して、「盗む」は、対象として、主体から分離可能なものを表す、名詞は取りうるが、主体から分離不可能なものを表す名詞は取りえない。

 と鮮やかに言い切っているのだけれど、ここで考えたいのは「心」という単語。上記の基準なら「心」は主体から分離不可能だろうから、「奪う」だけが採用されそうだけれど、このくだりを読んでいた俺の頭の中には、銭形のとっつぁんが浮かんできて、そういえば、心は盗むと結びつくじゃねえかと。
 それがきっかけになって、ちょっと頷く以外のことをしつつ、読み進めていったら、なんか俺の感覚では引っかかるところがいくつも見つかって、微妙な感じだった。
 しかしながら、日本語の受け身文には三種類あるだとか、ル形(終止形)が現在を表す動詞は状態や性質を表すものであるとか、面白い指摘も色々あり、サンプルデータをもう少し広く取ってくれていたらなあという気がした。これはアニメを見ろという話ではなくて。ところどころ「恋する」とか「しびれる」とか、80年代みたいな単語が出て来たからそう思ったんだと思う。
「文型を示せ」をはじめとして、大枠においての主張には賛成できるし、そういう辞書があったら便利だろうなあとも思うので、できることなら頷くばかりで一冊終わりたかったのだけど、そうできなかったのが残念。そのおかげであれこれ考えながら読むことが出来たのは好かったけど。
辞書には書かれていないことばの話 (もっと知りたい!日本語)
仁田 義雄

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*1:お金、土地、子供などが例に挙がっている。

*2:意識、健康、彼らしさなどが例に挙がっている