将棋の駒はなぜ40枚か (集英社新書)
増川 宏一 
集英社 2000-02
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Amazonで詳しく見る by G-Toolsisbn:4087200191
碁打ち・将棋指しの誕生(感想)を読んで、そういえばこんな本もあったなと図書館で借りてみる。著者が一緒だったのは手に取るまで知らなかった。
伝説を排し、歴史を見つめるという著者のスタイルは本書でも変わらない。将棋に関しては本当にまったく知らないので、楽しく読むことができた。排される伝説というのは例えば将棋の伝来が6世紀にまで遡れることで、著者はこの説に徹底的な批判を加えている。というのも、この説を傍証する資料がまったくないからだ。
将棋の最古の記録は13世紀の『二中歴』という書物までしか遡れない。二中歴は事典のような書物で、著者は三好為康(みよしためやす)。「掌中歴」と「懐中歴」というふたつの本のセットのため「二中歴」と呼ばれる。このうち掌中歴のみが伝わっており、懐中歴は散逸しているのだが、将棋の記述は懐中歴の方に書かれていたと推測されている。散逸していると書かれているのに、そのあと「二中歴」を参照して論じられているのは、なんでなのか疑問だが、記述を信じるなら、当時は将棋と大将棋のふたつが行われており、将棋の方は現在の形式から飛車角行が落とされた形で、まだ獲った駒の再使用は行われていなかったと推測される。
著者はこの大将棋が改良され中将棋となり、そののち現行の40枚を使った小将棋が発明された(その過程では酔象を含む42枚の時期が存在している)と、将棋の発展を説明しているのだが、二中歴にあった将棋と小将棋がどのように連なっているのか、という点に関しては資料がなく、確定的なことは何も言えないとしている。大将棋の次に現れたものが中将棋と命名されている以上、のちに小将棋と呼ばれた形式も細々と継続していたことはなんとなく理解できるものの、すっきりとしない。
しかしタイトルには偽りありである。
というのも、なぜ40枚か? というタイトルで読者が期待するのは「なぜなら〜」のはずだが、本書はそれに答えないからだ。無論、伝説を排するという著者の姿勢からは、証拠もない推論を結論に持ってくることはできないし、それはそれで肯定されるべき方法論ではあるけれども、それならタイトルを別のもにするべきだったと思われる。
このように資料のないことは「分からない」とする誠実な姿勢は読み物としての魅力はある程度そがれてしまうことはやむを得ず、何かが分かったというよりも何が分からないか分かったというような読後感が強い本書にあって、妙に魅力的だったのは、天野宗歩という人物で、棋聖とまで呼ばれる腕前を持ちながら、賭け将棋でイカサマやって商人から一一〇〇両巻き上げたのがバレたというエピソードは、本書の中にあってもっとも印象深かった。
他に独眼竜正宗を見ていた人間にはおなじみの、大久保長安の名前が出てきてびっくりした。正宗自身は本因坊を招いて囲碁に興じたというし、この当時の碁打ちや将棋指しの交友関係はなかなか興味深く、楽しい。
そんなわけで本書は将棋史入門としてはよくできていると思うが、何故将棋の駒が40枚なのか、という理由が知りたい向きは、自分で考えるための資料としてしか使えない本だと思われる。